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<コラム>ヨルシカ、新作EP『創作』―――緻密に計算された数々の表現

Text:小町碧音

 どこからインスピレーションを得て、作品が生まれたのか。ヨルシカのコンポーザー・n-buna(ナブナ)は、自ら、それを明かすことから作品としての価値に奥行きを持たせてきた。n-bunaがインタビューで幾度となく語っている通り、ヨルシカの楽曲には、n-bunaの敬愛する俳人――加賀千代女、正岡子規、与謝蕪村、種田山頭火、尾崎放哉や、作家――オスカー・ワイルド、川端康成、井伏鱒二、ジュール・ヴェルヌ、ジョージ・オーウェルなどが生み出した作品からの引用文や、残された文章をn-bunaなりに再解釈し落とし込んだ文章が散りばめられている。さらに、n-bunaによるオマージュは、楽曲単位に留まることなく、アルバム単位でも表現されているのも特徴。例えば、2ndミニアルバム『負け犬にアンコールはいらない』は、1stミニアルバム『夏草が邪魔をする』のセルフオマージュであり、音楽を辞めることになった青年・エイミーがエルマへ作った楽曲を収録した1stフルアルバム『だから僕は音楽を辞めた』と、主人公・エルマがエイミーの足跡を辿った記録を収録した2ndフルアルバム『エルマ』との関係性は、与謝蕪村が尊敬する松尾芭蕉の旅をなぞったことが大きく影響している。

 2020年7月29日にリリースされた3rdフルアルバム『盗作』は、2020年8月10日付の総合アルバム・チャート“HOT ALBUMS”で見事、総合首位を獲得。Googleトレンド(過去5年間)における人気度は、過去最高記録を更新した。ヨルシカの歌詞は、小説のように、メタファーや美しい言葉使いを多用していて、脳裏にリアルな風景を呼び起こすほか、夏の匂いや吹き込む夜風さえも肌身に感じられるような繊細さを秘めている。一方で『盗作』は、その要素を残しつつ、n-bunaが発言してきた数々のオマージュと盗作との本質の違いへ一歩踏み込んだ。まるでn-bunaによるオマージュについての発言が、『盗作』をリリースするための布石だったとでも告げるように。ヨルシカの作品は、楽曲のみならず、発言からリスナーによる反応までの流れがあって初めて完成する。

 ヨルシカの作品に対するこだわりは、2021年1月27日にリリースされるEP『創作』の販売形態にも見られる。これまでヨルシカは、ストリーミング、ダウンロード配信に加えて、楽曲の物語の深奥に近付くことのできるアイテムをCDとセット販売することで、CD自体に付加価値を与えてきた。『だから僕は音楽を辞めた』の初回限定盤には、被せ蓋付き再現BOX、手紙、写真、歌詞カード、CDを、『エルマ』の初回限定盤には、日記帳、写真、CDを、『盗作』の初回限定盤には、小説と少年が弾いた「月光ソナタ」カセットテープ、CDを封入している。そして、『創作』の販売形態は、歌詞カードとCDが入っている【Type A】と、CDが入っていない【Type B】の2種類に。問題は、レコードショップであえてCDが入っていない作品をリリースするという一見皮肉めいた【Type B】だが、ストリーミング、ダウンロード配信が進む時代に沿う新たなアナログ作品として【Type B】を残したことは、作品の在り方にとことんこだわり抜くヨルシカを表現したのに等しい。

 『創作』には、新曲「強盗と花束」、大成建設TVCMソング「春泥棒」、インストゥルメント楽曲「創作」、TBS系『NEWS23』エンディング・テーマ「風を食む」、映画『泣きたい私は猫をかぶる』エンド・ソング「嘘月」といった“春”がテーマの5曲を収録。リアルな風景が描き出される巧緻な筆致や死生観、〈散りぬる「風を食む」〉をはじめとした古文の言い回しなど、ヨルシカによる洗練されたオリジナリティーが健在している。

 〈雲〉〈木陰〉〈風〉〈花〉などの言葉をコラージュした「春泥棒」では、春の香りを包んだような文章と、空高く鳴り響く篠笛の音色とが相俟って、行間に花が咲く。ところが、この「春泥棒」には、楽曲の美しさだけでは留まることのない想像を超える展開が隠されている。『盗作』の主人公の男と一緒に生きる妻の瞳から見える光景を再現した「春泥棒」のミュージックビデオには、自分(妻)に興味を持ってくれていた犬の自分に対する反応が次第に薄くなっていっては、電車の中の男の居る方向へ走っても走っても男に追いつけない自分(妻)が居るなど、『盗作』のストーリーと同様に妻がこの世から消えかかっていく様子が描かれている。



▲ ヨルシカ「春泥棒」


 ミュージックビデオから見て取ることができるのは、いわば、命における別れの象徴だ。さらにn-bunaは、1月9日、ヨルシカのTwitterオフィシャルアカウントから「春泥棒」について以下のツイートを発信した。

春の日に昭和記念公園の原に一本立つ欅を眺めながら、あの欅が桜だったらいいのにと考えていた。あれを桜に見立てて曲を書こう。どうせならその桜も何かに見立てた方がいい。月並みだが命にしよう。花が寿命なら風は時間だろう。それはつまり春風のことで、桜を散らしていくから春泥棒である。


 歌詞にある花と同様にたびたび登場する季節を感じさせる単語〈桜〉〈春〉も寿命、風に似た印象の単語〈散っていく〉〈吹雪〉〈仕舞い〉も時間に置き換えると、例えば〈春がもう終わる〉〈春仕舞い〉のフレーズも、“命が尽きる”という意味になるように、この楽曲の持つイメージは全体的に大きく変わることになる。単純に春や桜、花などの単語の印象から季節感のある楽曲として捉えれば美しいだけの「春泥棒」は、ミュージックビデオとn-bunaによる発言から歌詞の意味を紐解いた途端、美しさとは正反対の儚さに包まれた楽曲へと姿を変えていく。恐らく、「春泥棒」のタイトルも命を盗むといったニュアンスだろう。ヨルシカがメタファーを通して「春泥棒」に投影したのは、美しさには儚さも付き纏うことのシグナルといえる。また、「春泥棒」は、作品間を跨いで過去の楽曲の物語とリンクするヨルシカの作品の特徴が反映されている楽曲のひとつでもある。

 〈強盗と花束に何かの違いがあるのですか〉――盗作とオマージュを強盗と花束に言い換えたような歌詞で、問いの嵐を巻き起こすのは、ボーカル・suis(スイ)による少年と化した低い声がメロディーラインをリードする「強盗と花束」。ヨルシカの作品からは時々、カウンターとも取ることのできるメッセージが届く。鳥のさえずりや自然音のアンサンブルが愉快なインストゥルメント楽曲「創作」を含み、奏でる色はどこまでも透明感がありながら、想像以上に情報量が多い。

 アコースティカルな音の宝石で隙間なく埋め尽くされていくメロディー。物語にあるバックグラウンドが幾通りの意味を織り成す歌詞。物語の主人公が憑依したかのような幅広い表現力を持つsuisの歌声――。 芸術のための芸術が、緻密に計算づくされているヨルシカの作品には存在する。

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