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ジュリア・ジャックリン来日特集記事「SSWの真髄に手を伸ばすオーストラリアの至宝。研ぎ澄まされたリリシズムに導かれる成長の物語」



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 2019年にセカンド・アルバム『Crushing』をリリースし、音楽媒体の年間ベストアルバムに軒並みランクインするなど、世界が今最も注目するオーストラリア出身のシンガーソングライター、ジュリア・ジャックリンが3月にビルボードライブ東京にて一夜限りの初来日公演を行う。両親の影響で幼少期から音楽を作りはじめ、同世代に類を見ない圧倒的なソングライティングセンスとフォーキーながらもオルタナティブ・ロックを感じさせるサウンド、エモーショナルな歌声、そしてリリシズムが大きな話題となり世界中から熱視線を集めるようになった彼女だが、ここ日本ではまだその熱が伝わりきっていないのも事実だ。バンドセットで初の来日公演を行う貴重な機会を前に彼女がこれまでに辿った軌跡を八木皓平氏に追ってもらった。

SSWの真髄に手を伸ばすオーストラリアの至宝。研ぎ澄まされたリリシズムに導かれる成長の物語

 今やオーストラリアのSSWといえば彼女という呼び声も少なくないほどの評価を受けているジュリア・ジャックリンの来日公演が近づいている。ジュリアがリリースしてきた2つの作品『Don't Let The Kids Win』『Crushing』は、世界が彼女に注目するのに十分なアルバムだった。素朴だが静かな迫力をもった歌と、自身の内面を静かに見つめながら紡ぎ出されるリリックは言葉数こそ多くはないが、そこに込められた意味の密度と表現力は同世代のシンガーの中でも突出している。ジュリアのこれまでの経歴を振り返ることで、彼女の音楽をより深く理解してゆこう。

 ここ数年、オーストラリアの音楽シーンから才女たちが次々と現れ、SSWとして国境を越えて高い評価を受けていることが知られている。しかも彼女たちは似たようなジャンルからはじまっているというわけではなく、コートニー・バーネット、ステラ・ドネリー、タッシュ・サルタナ、トーンズ・アンド・アイなどを挙げれば明らかなように、その顔ぶれは極めて音楽的なバリエーションに富んでいる。ジュリア・ジャックリンもまた、その豊饒な実りの中に名前を連ねることが許された、才能豊かなSSWであることは間違いない。彼女はインスパイアされた音楽家の名前としてドリス・デイ、レナード・コーエン、フィオナ・アップルを頻繁に挙げているが、彼らはどれも歌声の中に厳かな迫力を込めることにかけては右に出る者はいないシンガーばかりだ。トラディショナルなフレイヴァ―も漂うフォーク・ミュージックをベースにしつつそこにガレージ・ロックやカントリーも取り入れたジュリア自身の音楽からも、この系譜に連なるような才覚の片鱗が見て取れる。昨年世界中から絶賛された新作『Norman F**king Rockwell』をリリースしたラナ・デル・レイがジュリアを自身のステージに招き、『Crushing』(2019)に収録されている「Don't Know How To Keep Loving You」をデュエットしたことからも、彼女の突出した表現力はインディーやメジャーの垣根を越えて通用していることがわかる。



▲Julia Jacklin - "Don't Know How To Keep Loving You" w/ Lana Del Rey


 そんなジュリアの才能は、デビュー作『Don't Let The Kids Win』(2016)がリリースされた時点ですでに認知されていた。国内では『ローリング・ストーン オーストラリア』誌の「フューチャー・イズ・ナウ」枠で取り上げられ、ARIA Charts、J Award、APRA Music Awardsが主催する国内の音楽賞にノミネートされた。国外ではSXSWに出演したときのパフォーマンスが注目され、ニューヨーク・タイムスやNMEから称賛されるなど、世界中から熱い視線が彼女に降り注いだ。また、ホイットニーやオッカヴィル・リヴァーといったアメリカにおけるインディー・フォーク・バンドの良心のようなバンドたちのサポーティング・アクトを勤めたことも、彼女の評価を上げる一因になっただろう。

 『Don't Let The Kids Win』は、当時まだエッセンシャル・オイルの工場で働きながら音楽活動をおこなっていたジュリアがお金を貯めて、隣国ニュージーランドにおけるベスト・プロデューサーとの呼び声も高いベン・エドワーズに仕事を依頼した作品だ。ジュリアはオルダス・ハーディングのデビュー作『Aldous Harding』を聴いて彼にプロデュースを頼むことを決めたということから、『Don't Let The Kids Win』は「『Aldous Harding』に対するオーストラリアからの返答」といえる作品なのかもしれない。このベン・エドワーズはオルダス・ハーディングの他にもナディア・レイドやマーロン・ウィリアムズといったニュージーランドのSSWたちの作品を手掛けており、このシーンのキーマンとも言える人物だ。 彼にデビュー作のプロデュースを依頼したジュリアは最高のスタートをきったといえる。様々な形での高低差に関係性というテーマを込めてナラティヴを紡ぐスロウなナンバー「Pool Party」や、優しく爪弾かれるギターに誘われるようにノスタルジックな感情があふれる「Motherland」、それぞれのヴァースが「don't let your~」というフレーズから始まり「家族」への想いを綴る「Don’t Let the Kids Win」をはじめ、本作の収録曲すべてが閃きに満ちたリリシズムで輝いている。そしてそれらの楽曲は、この歌にはこのアレンジしかないと思えるような、シンプルだがたしかなアレンジメントが施されており、バンド・メンバーやエンジニアが彼女のヴォーカルを世界に届けるために一丸となっていることが伝わってくる。また、目が覚めるようなガレージ・ロックとともに成熟について想いを馳せる「Coming of Age」のようなアップテンポな楽曲や「Hay Plain」のように終盤に向かうにつれてサウンドが広がりを見せる楽曲の存在が、本作の音楽的な懐の深さを示している点にも注目しておきたい。



▲Julia Jacklin - Pool Party (Buzzsession)


 デビュー作『Don’t Let the Kids Win』から去年リリースされた『Crushing』の話に移る前に、彼女のサイド・ワークについて書こう。この2作の共通項として挙げられるのが、ジャケットの写真を撮ったのがニック・マッキンレイ(別名:ニック・マック)という点であり、彼はジュリアとともに彼女のMVを制作していることでも知られている。ジュリアのMVに共通したトーンが感じられる部分があるとしたら、その理由はここにある。また、彼らが共同制作しているのはジュリアのソロ楽曲だけではなく、彼女が友人たちと結成したインディー・ロック・バンド、ファンタスティック・ファニチャーの楽曲のMVや、先述したステラ・ドネリーの「Trick」や「Seasons Greetings」のMVも制作している。



▲Stella Donnelly - Tricks


 ファンタスティック・ファニチャーについてもすこし言及しておこう。サイド・ワークにしておくには惜しいくらいに魅力的なこのバンドは、ジュリアが旧友であるエリザベス・ヒューズ(gt)とライアン・K・ブレナン(dr)と共に結成したものだ。グルーヴィーで骨太なガレージ・ロックにジュリアの物憂げなヴォーカルを乗せたそのサウンドは、ジュリアのソロでは聴くことができないものだ。シンプルでツボを心得たサウンド・デザインとそれぞれの楽器の鳴りがしっかりしているのは、キング・ギザ―ド・アンド・ザ・リザード・ウィザードとも仕事をしている、プロデューサー兼ドラマーのライアンのセンスだろう。 このようにジュリアのサイド・ワークまでチェックしてゆくと、彼女に対してかなりワーカホリックな印象も受けるかもしれない。しかし、ファンタスティック・ファニチャーについて彼女が語っているインタビューを読むと、シリアスなソロ・ワークと違ってすごく伸び伸びと楽しくできているバンドだと打ち明けており、むしろこうして仲間たちと共同制作をする仕事を差し込んでいった方がむしろ彼女にとっては良い息抜きになっているのだろう。



▲Phantastic Ferniture - Fuckin ‘n’ Rollin (Official Video)


 ジュリアにとっての2作目となる『Crushing』について語る際、彼女はいくぶんセンシティヴになっている。その最も大きな要因は、本作で綴られた彼女の経験談と思われるような、主に失恋について書かれているリリックが(本人は「すべての楽曲が自分の経験談ではないし、ひとつひとつの話が事実かフィクションかを語るのは好きではない」といった旨のことを述べている)、#MeTooムーヴメントと絡められることについて抵抗があるからだ。たとえばオープニング・ナンバー「Body」には、ボーイフレンドがガールフレンドの裸の写真を撮ったことについて、「その写真をまだ持ってる?それを使って私を傷つけるの?」というフレーズがある。このリリックの存在によって、「Body」で語られているストーリーが登場人物についてのパーソナルな話題という以上に、「リベンジポルノについての曲」であるというある種の社会性を帯びた認識をされてしまう可能性についてジュリアは言及している。この楽曲の他にも、『Crushing』には数多く「Body」という単語が用いられており、それがアルバム・タイトルになる可能性があったが、ジュリアは今の政治的な状況を鑑みてそれを却下したようだ。「女性が自分たちの経験について語るといつだって政治的だ、過激だと言われることにウンザリしている」とインタビューで述べており、ジュリアは本作で綴られた物語があくまでパーソナルな物語であることを強調する。



▲Julia Jacklin - Body (Official Music Video)


 『Crushing』のリリックは基本的にツアー中の心身ともに疲労している時に書かれたものらしく、「Body」以外の楽曲もどこか陰りを帯びたものばかりだ。「ずっと触れられているのは嫌だ」と歌う「Head Alone」や周囲からの様々なプレッシャーについての性急なロック・ナンバー「Pressure to Party」は、恋愛の話というだけでなくツアー中にひとりの時間が取れないことについて書いているという側面もあるだろうし、ピアノの弾き語りで静かに歌われる「When The Family Flies In」は親しい友人が死んでしまったことへの悲しみについて綴られている。アコーステック・ギターを爪弾きながら「ほんとうに彼にマイクを渡したい?」と呟くように歌う「Convention」は、トランプが大統領に当選したことが着想になっているそうだ。一度楽曲が終わりを見せたかと思いきや、少しのブランクを置いて「私をふって」と歌いだす構成が見事な「Turn Me Down」は本作のハイライトだ。コートニー・バーネットとの仕事で有名なプロデューサー、バーク・レイドが手掛けたことで前作よりも低音に厚みがでたことが、『Crushing』のシリアスなムードに良く似合っていて、アルバム全体を通して素晴らしい効果を上げている。ただ、『Crushing』を「ジュリアがハードなツアーで心身が疲労し人間関係に悩んだ作品だ」と理解してしまうのは本作のほんとうの魅力を見落としている。ポイントは本作が「Comfort」で締められているところだ。この楽曲はもともと「A Song to Comfort Myself」だったらしく、ツアーが終わってから書かれたもので、失恋をはじめ様々なトラブルを乗り越えた自分を優しく慰め、称える歌だ。ジュリアはそのたぐいまれな感性と表現力をもってアルバム一枚を通して自分が抱えた傷や悩みと直面し続けたあとに、この楽曲をラストに持ってきた。それは間違いなく、ジュリアが自身の成長を感じて、それを祝福したことに他ならない。つまり『Crushing』は、ひとりの女性の成長についての作品であるということだ。


▲Julia Jacklin - Turn Me Down (Live on KEXP)


 ジュリアの日本初公演では、人間の内面に深く踏み入っていくような彼女の圧倒的な表現を、そこに集まった観客ひとりひとりが心ゆくまで堪能できる貴重な機会であることはもはや約束されていると言ってもいい。それに加え、ジュリアはライヴ用にカバー曲のユニークなレパートリーがある。アヴリル・ラヴィーン「I’m with You」やザ・ストロークス「Someday」、ニック・ケーヴ・アンド・ザ・バッド・シーズ「Skeleton Tree」、ビッグ・シーフ「Paul」、フリートウッド・マック「Dreams」、そして自身が多大な影響を受けたレナード・コーエン「Memories」等々、幅のある選曲ながらどれもがジュリアのカラーに仕立て上げられており、彼女のなんらかのカバー曲にも期待したいところだ。現在のオーストラリアで最も魅力的なSSWのひとりであるジュリア・ジャックリンの歌声がビルボードライブ東京に響き渡るのが、今から待ち遠しい。



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